2026.02.18

イベント・行事社員の日常

雲中白鶴と、日常の彩り

休みが近づくと、僕は儀式のようにスマートフォンの画面を滑らせる。そこにあるはずの「何か」を探すためだ。

日常という静かな海に投げ込まれる、小さくて確かな小石のような出来事。できればそれは、普段の僕の生活とは少しばかりずれたものが望ましい。あるいは、子供たちと分かち合える種類のものだ。

ふと思い立ち、僕たちは芦屋へ向かった。

ある個展を観るためだ。 これまで美術館や大きな展覧会、瀬戸内国際芸術祭などに足を運んだことは何度かあったが、「個展」という親密な空間は僕にとって未知の領域だった。しかも、その日は主催者本人が在廊するという。それが僕の背中を静かに、しかし決定的に押した。

会場に足を踏み入れると、そこにはある種の濃密な空気が漂っていた。作品たちが放つ権威と、逃げ場のないような威圧感。それは一介の会社員である僕の日常を、いとも簡単に圧倒してきた。もちろん、そこに並んだ作品を僕が買い取るなんてことは、最初から予定には入っていなかった。価格表の数字は、僕の現実とは別の時間軸に属しているようだったからだ。 結局、僕は一冊のフォトブックを買い、そこにサインを書いてもらった。それから、彼と一緒に写真に収まった。僕らの世代にとって、彼はまさにカリスマと呼ぶにふさわしい俳優だったのだ。

また別の日には、僕たちは「ららぽーと甲子園」にいた。 そこでは武庫川女子大学が、子供たちのためのワークショップを開催していた。僕が気に入ったのは、企業と大学、そして商業施設が共鳴しているその仕組みだ。

たとえば食品会社のブースでは、子供たちが紙のコック帽に思い思いの絵を描き、それを誇らしげに被って写真に収まっていた。お土産にはレトルト食品が手渡される。

あるいはアパレル店舗のブース。そこでは複数の店舗から借り出された服を使い、子供が親の装いを自由にコーディネートするという、実験的な役割の逆転が起きていた。普段とは違う服を纏わされた親たちは、少しばかり戸惑ったような顔をしている。しかし、自らの美的センスを証明した子供たちは誇らしげに胸を張り、現像されたばかりのチェキの中で、親子一緒に、静かに微笑んでいる。

ほとんどのワークショップは無料か、あるいは驚くほど慎ましい金額で提供されていた。それは僕の財布にとって、この上なく優しい世界だった。ただ一つの問題は、体験の報酬としていただくチョコレートやレトルト食品が、家のキッチンを少しずつ占拠し始めていることくらいだろうか。

企業は自らを宣伝し、学生は学びを得て、ららぽーとは人々を呼び寄せる。そして子供たちは、ただ純粋にその時間を楽しむ。それはまるで、よく調律されたピアノの和音のように、非の打ち所のない「良いこと尽くし」の光景だった。

ところで、僕たち(弊社)もまた、そんな調和を目指して小さな試みを行おうとしている。

2月27日、兵庫事務所の駐車場を舞台にイベントを開催する。

ファディー前以外では初めての試みとなる『CHOI JOY! Market』だ。

もしあなたがその日、予定表に空白を見つけたなら、ぜひ立ち寄ってみてほしい。そこにはもしかすると、あなたの日常をほんの少しだけ彩る「何か」が用意されているかもしれません。

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